2013年07月09日

「何がわからないかが解らない」から…。linux考

一等最初にubuntuをやったときからの計算では、
もうlinux歴5年ぐらいになった、と思う。
本格的に主軸として使うようになってからでは、
3年半ぐらい? 動機は、pt2をlinuxで! だった。

最初は、ほんとうに、何がわからないかが
わからなかった。windowsとは勝手が違うから。
一応、供給元の云うとおりに
やれば、インストールできるんだけど、
個別的にやりたいことが何もできなかった。

firefoxに、fashpluginを入れられたときには、
感動的ではあった。ほんとうに思うようにならなかったから。
そうやって月日を重ね、何がわからないかが、
解るようになったのがいま。まだまだ解らないこと
だらけだ。

じぶんが、archbangを推奨するわけは、
じぶんのこれまでのキャリアと人間性および年齢とも
関係がある。アタマが柔軟で、アタマに体力があり、
前へ、前への推進力に満ち溢れている世代なら、
gentoo、bsd、slacwere等、独自の哲学のあるものに、
大いに挑戦すべきだろう。

こっちは、マシンのスペックの問題もあるが、
なんでもコンパイルは、非常に疲れる。年齢的に待てない。
できればいいことは概ね決まっていて、
そんなに込み入ったカスタマイズは要らない。
各アプリのインストールの過程は、短時間であることに
越したことはないね。

通常、じぶん流のカスタマイズがすんだら、
osとして使う以外やることがなくなる。
debian、ubuntu系は、そんな感じがすごくあるね。
arch系とて、例外ではないけれど、向こうから、
"事件"を持ち込んでくるところがちょっと違うね。

下手すりゃ、osが壊れて起動しなくなることも
少なからずある。でも、それがじぶんにとっては、
意外に重要(刺激)で、ま、年よりをあやすかのように、
かまってくれているわけだね。

このバカたれ、とかわめきながら、
壊れた部分の修復に、ないアタマを総動員する。
ナンプレくん3(携帯電話の数独アプリ)で、
まだまだ130点台は出せるけど、なかなか治せない。
そんなとき、予期せぬ事態への対応能力が
落ちてきているのを自覚する。

ってことで、archbangの不具合への対応は、
毎回、違った面で起こっており、脳の劣化の抑制にはなる。
だから、これがいい、と云っているのかもしれない。

あとは、とにかくじっとしているってことがない。
いいもそうでないも、前へ、前へのディストロである。
「…いたるところに(青山)セイザンあり」、
って感じで、好感がもてる。それも老齢化現象の
ひとつだろうけど。失いつつある生命力への感傷?

だから、archbangを勧める根底には、
年齢の問題があるのかもしれない。

でも、なんですぜい。
archbang(arch系)でも、アプリケーションの
カスタマイズはできる。現にpt2で二ヶ国語放送への対応等で
vlcでやているように。

できないんじゃないかと想うのは、
カーネル自体のカスタマイズだね。でも、おおむね、できて
当然と想われることは、デフォルトカーネルでも、
まあまあちゃんとできるようにして
リリースされているように想う。新しすぎる
込みいたことだと、できないこともあるのかもしれないけど。

gentoo(いまでも、カーネル3.3.8のを維持)
をやったときは、ほんとうに疲れた。
pt2も、dcp7030も動くようにできたけれど。
やっぱり体力知力十分の若い世代向けのディストロだと想う。

そういった意味で、じぶんには、bsd系も、slac系も
敷居は高いね。バイナリのパッケージも
使えたりするけれど、根本は、コンパイル
するところにあるようだし。

archbangを、いい、いい、と勧めがちだったけど、
じぶんには一番合っている、ってことに
修正させていただこう。
たぶん、似た投稿をすでにしているだろう。
同じことを何度も云うのも、"兆候"の一種だね。許されよ。

archbangの動静、動向は、
これからもおっかけて行きたいと思っている。


posted by ブログ開設者 at 11:01| Comment(0) | linux | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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