2022年01月04日

(雑談二題)i3-wm & manjaro周辺のこと。

i3-wmが作り手が期待したほどに普及しない
理由はあきらかだと思います。
あまりに野放し状態で、標準仕様がない状態だから
だと思います。ディストリビューションごとに
設定が違いますね。開発者サミットでも開いて
標準的な仕様を決めたらどうなんですかね。

マウス並みに迷いのない操作性を実現するのは、
むずかしいでしょうが、
あれ、どうするんだったけ?にならない
程度の使いやすさは確立できると思うんです。

ユーザーが規格に歩み寄ったほうが、
使いやすさを実現するには早い場合もあると思います。
提供する仕様がいやなら、ユーザーが好みに合わせて
変えればいいだけのことでして。

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manjaroのi3-wmバージョンをいじっていて
こんなことがありました。
dunstのシステム状況表示がうるさくて外そうとしました。
manjaro-i3-settingsとの依存関係が
壊れると警告が出て、削除成立せずでした。
いかにも、manjaroっぽいですね。
pacman -Rddで、構わず削除しましたけど。

削除した根本の理由は、dunstの表示位置が
conkyの表示と重なるのが美しくない!
と設定で表示位置を変えたところ、
システム起動しなくなったためでした。
表示位置を変えることが、なんでシステム起動に
影響するのか、理解できません。なにかしらが
紐づいているんでしょうか。

manjaroには、manjaro-XXXXXという
パッケージがpacman -Ssで結構出てきます。
manjaro流に決めたままに使わせたいってことでしょうか。
conkyにも、i3関連のパッケージがあったりします。

小説家の誰だったか忘れましたが(前にも云ったかも)、
じぶんの手を離れた作品は、もはやじぶんの
ものではない。書いた意図から離れて
読者が読みたいように好き勝手に読むものだ、
と割り切っている、という話を聞いたことがあります。

じぶんの身から出て行ったものを
こう使え、と注文を付けるのは、無駄だし、
お門違いだと思います。

同じarchでも、endeavourosには、
manjaro的押し付けがましさは、少ないようです。
だから、抜かれちゃうんじゃないですか。
pop_osみたいにコレ!という明らかな特徴は
endeavourosにはないです。
ところどころで気が利いているだけ。

archlinuxというsimple系という土台を拝借している時点で、
すでに取るべき態度の方向性はあるでしょう。
借りたものに敬意を表し、本家と同じ方向で
進化させていくのが筋ではないですか。
本家のパッケージにも、gnomeやplasmaはありますが、
原則、重いデスクトップは、archlinuxには合わないです。
コマンド馴れさせてlinuxになじませようとしているところに、
余計な発想を付け足すのは、どうかと。

いま、じぶんが仮想環境の
ホストosにしているsplarkylinuxは、
途中でがらっと方針を変えました。
自意識が控えめになって、中身にこだわりだしました。
debainをよりよく使えるようにする、というような。
archbangは、ほぼずーっと変わらないで、シンプルです。
みどり氏は、さらにシンプルにするために、
メインのデスクトップをopenboxから
i3に変えたいみたいです。効率よい操作性のために。


posted by ブログ開設者 at 07:39| Comment(0) | linux | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする