ローリングリリースでも、元のインストール状態を
引きずりつづけることは、以前に言及したことがある。
archbangの場合、たとえば、デフォルトのeditorが
leafpadになったり、mediになったりしているが、
じぶんで入れ替えたりしなければ、ずっとそのまま。
ま、これは単純過ぎる話だけど、システムの奥まったところで
同じようなことがあって、別なarchと同じにしようとしても
どこがどうなってそうなのかが判らない
ってことがよくあるんだけどね。
テーラー用語でいえば、イージーオーダーだと、
半分できあがっているがゆえの特色が
ユーザーの意志に関わらずある、ということだ。
で、本題。システムのアップグレードで、
ubuntu14.10 → ubuntu15.04
fedora19 → fedora20
別件で、
fedora20 → fedora21
ってことをした。システム更新ができなくなった
からだけどね。
そのかかる時間がなんとも長い。
fedora19→20の場合なんて、二千数百の
パッケージ更新があった。
ダウンロードは早いんだけど、
更新→整理中→検証中で、ものすぐく時間がかかった。
3時間半が4時間かな。
新規にインストールしなおしたほうが早い!
それを思うと、ローリングリリースも悪くない
と思った。若干、システム更新上、手作業が生じる
こともあるが、それも最近では少なくなっている。
ハードの故障以外で、archlinux(archbang)を壊したのは、
もうずいぶん以前になると思う(chakraとmanjaroはいまでも
いろいろ起こる)。
こっちのスキルもいくらか上昇したこともあるけれど。
いまいちばん古いarchbangは、2012の秋ぐらいの
インストールが最古。
システム更新を続けてきて、いまでもちゃんと
最新の状態で動いている。
ってことで、ローリングリリースを見直した、が
本日のトレンドでありんした。